住まいを高断熱化することによって得られる健康面での恩恵について、当サイトではこれまでさまざまな視点から記事を掲載してきた。
2020年1月の記事(「住まいの断熱と“頻尿”のカンケイ」)では、就寝前の居間の室温が高い住環境においては過活動膀胱が抑制されるとの研究成果を紹介した。
「過活動膀胱」(以下、OAB=overactive bladderの略称)は、膀胱が過敏になり尿がうまくためられなくなる病気で、我慢できないほどの急な尿意や頻尿、夜間頻尿などの症状で知られる。
今では1千万人近くの国民が悩まされているという、私たちにとって身近な病気の一つだ。
今回はOABの治療コストと、住まいの暖房費との比較から、断熱性能向上の必要性に迫った最近の研究成果を紹介したい。
■過活動膀胱の罹患(りかん)に伴う費用は一人当たり年間10万円
この研究成果は、2022年2月18日に開催された日本サステナブル建築協会の「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第6回報告会」で、北九州市立大学の安藤真太朗准教授によって報告された。
ここでは、安藤准教授が報告会で用いた資料に基づいて見ていきたい。
まず、前提となるOAB関連コストについて、40歳以上を対象にした調査では、治療費や関連費用、労働損失などを合わせて一人当たり1年間で約10万円と試算されている。
■室内が寒くなるにつれて有病率は増加
OABの有病率は室内の温熱環境と密接に関係している。
就寝前の居間の室温を「18℃以上」「15~17.9℃」「12~14.9℃」「12℃未満」の4段階に分けて有病率の推計を比較すると、それがはっきりと見て取れる。
18℃以上で10.4%だった有病率は、室温が下がるにつれて増加し、12℃未満では14.9%に上った。
室温が低くなるほど、OABにかかりやすくなるというわけだ。
■暖房費を考慮してもOAB関連費用の抑制でコスト削減に
有病率が上がれば、医療費などの関連コストも増える。
実際、就寝前の室温が下がるにつれて、男女ともOAB関連費用は増えている。
12℃未満と18℃以上を比較すると、12℃未満は男性で年間約6,100円の負担増、同じく女性で年間約2,900円の負担増となっている。
つまり夫婦2人で考えると、室内が寒い家は暖かい家に比べて、実に年間約9,000円の追加コストが生じることになる。
しかし、暖かい住まいを実現してOAB関連の負担を低減させたとして、そのための暖房費負担を考慮に入れてもコスト削減は可能なのだろうか。
研究によると、冬季の就寝前の暖房費を考慮しても、室温18℃以上の温熱環境を作り出すことで、OAB関連費用と暖房の追加費用を合わせた総費用は1世帯あたり年間3,593円のコスト削減効果が期待できるという。
室内を温かくすることでOABのリスクと費用を低減できれば、コスト削減効果は暖房費の負担を大きく上回るといえる。
■住まいの断熱性能を高めればコスト削減効果はさらに増大
では、暖房費が少なくて済む、断熱性能を高めた住まいのコスト削減効果はどうだろう。
室温18℃の場合、HEAT20(一般社団法人 20年先を見据えた日本の高断熱住宅研究会)のG2基準相当(断熱等級6に相当)で1世帯あたり年間6,300円のコスト削減効果が期待できるという。
さらに高効率エアコンを導入すれば、その効果は同じく年間6,930円にまで増大すると見込まれている。
断熱性能が向上するほどコスト削減効果も大きくなることが分かる。
■“健康コスト”が示す「暖かい住まい」の便益の大きさ
住まいの断熱性能が高いほど、暖房にかかる費用が少なくて済む上に、過活動膀胱のような寒さに強く影響を受ける疾病の治療に関連するコストも削減できる。
私たちの命に直結する心疾患などの疾病についても、寒い室内環境が罹患のリスクを高めることが証明されつつある。
断熱性能を向上させた、暖房に頼らない「暖かい住まい」がもたらす便益の大きさは、“健康に関わるコスト”の面からも明らかにされてきている。
今後のさらなる研究の進展に注目していきたい。
◆データ出典/スマートウェルネス住宅等推進調査委員会・研究企画委員会発表資料(2022年2月18日)
※図表も上記資料より