WHO(世界保健機関)が「健康寿命」を提唱して以来、「いかに長生きするか」ではなく、「いかに健康に長生きするか」への関心が高まっている。ではどうすれば、いつまでも元気にいきいきと暮らしていけるのか?そのヒントを、首都大学東京・名誉教授・医学博士 星旦二先生に聞いた。
星先生は、ご自分で命名された「ネンネンコロリ(NNK)」ではなく、「ピンピンコロリ(PPK)」を目指して調査研究をしてきた。健やかに長寿を全うする「PPK」に対し、「NNK」は寝たきりで長生きすることを意味する。実は、日本は長寿国でありながら「NNK」の期間が長い国。星先生は私たちの健康には、医療だけでなく、住まいの環境が深く関わっていると考え、研究を続けている。
星 旦二先生
首都大学東京(東京都立大学の改称)・名誉教授。福島県立医科大学卒業、医学博士(東京大学)。日本健康教育学会理事、厚生労働省「健康日本21」計画策定委員などを歴任。
■「健康住宅」でゼロ次予防
「家」と「健康」の関係について研究に取り組み続け、「心地良い住まいへの改善こそ健康への近道」と唱える星 旦二先生。先生と「健康住宅」との出合いから話を聞いた。
―先生はいつ頃から「家」と「健康」の関係性に気付かれていたのでしょうか?
私が住環境と健康の関係を研究する仕事をするようになったのは、2005年頃から。その中で、住宅の状態が住む人の健康を悪くしたり、良くしたりすることを特に体温を実体験するとともに、腸さを継続してきました。特に体温を下げる家の「寒さ」は健康の最大の敵!体を冷やすことのないあたたかい家に住むことで、病気を予防することもできるのです。
―いわゆるゼロ次予防=根源的予防のひとつ、ということですね?
そうです。病気を予防するには、生活習慣の改善などの一次予防、健康診断による早期発見などの二次予防、リハビリテーションによる再発防止などの三次予防の3段階で考えるのが一般的です。私はその前段階として、高断熱化などの住環境整備により、病気を本質的に予防する「ゼロ次予防」を提唱しています。公的責任による支援環境づくりです。
―先生ご自身がお元気なのも、お住まいの環境を整えられているからなんですね!
それが…以前暮らしていた家はそうでもなかったんですよ(苦笑)。「家」と「健康」の関係性について研究している立場ですが、自宅はまったく理想からかけ離れていることに気付いたんです…。
―それは意外なお話です…。どのようなお住まいだったんでしょうか?
2002年に東京都多摩市に注文住宅を新築しました。入居後から冬の寒さは気になっていたのですが、「冬だから、寝室の温度が低いのは当たり前」と思っていました。しかし、2005年頃から住まいと健康の関係を研究する活動に予防医学の研究者として参加するようになり、自宅の寒さを見つめ直すようになったのです。
2014年に熱環境リフォームをしたことでかなり改善されましたが、リフォームした後に改めて振り返ってみると、冬は寝室の窓ガラスが結露で濡れて、サッシにはカビが生えていました。改築時に判明しましたが、壁の中の断熱材までカビていました。外の冷気が家の中まで伝わってきていたんですね。2014年2月14日の23時過ぎに温度を計測しましたが、なんと寝室の気温は6.4度でした…。
―家の中はかなり寒かったのですね…。それをどのように改善したのでしょうか?
まずはリビングルームと寝室がある2階部分を中心に、熱環境リフォームを行いました。壁と天井に断熱材を吹き込み、窓には内窓をつけて二重窓に。その上で床を無垢材に張り替えて、壁も自然素材の塗り壁にしました。
―かなり大がかりな改修ですが、その効果はいかがでしたか?
結露がなくなり、前とは比べものにならないほどあたたかくなりました。リフォーム後の寝室の室温は平均して冬でも17度を下回ることがなくなったほどです。睡眠の質も向上し、それまでのように夜中に何度もトイレに起きるようなこともなくなりました。よく眠れるので朝はスッキリと目覚めることができます。健康面の変化一番大きかったのは、もともと高かった妻の血圧が、たった2ヵ月で170mmHgから130mmHgレベルへと安定したことですね。
―「健康住宅」に改修することで、浅い眠り・高血圧から解放されたんですね!今、こうした症状に悩まれている方には、ぜひ家の「断熱化」を検討していただきたいですね。
そうですね。改修当時、私も費用の問題が頭をかすめましたが確実に効果はありました。医療の専門家でありながら、寒い家がいかに体に負担をかけているかということに、気付いていなかったのです。「熱」という環境性能は、体感を伴わなければなかなか実感できないものですからね。
■寒い家に暮らし続けると、不健康になる!?
星先生のご自宅を「健康住宅」に改修された体験でも実証されているように、「家」と「健康」は密接な関係がある。では実際には、「家」のどのような環境が、「健康」に影響を与えるのか?星先生へのインタビューのもと、詳しく解説していく。
―健康で長生きするコツと言えば、健康的な食事や適度な運動、規則正しい生活が思い浮かびますが、家の環境がそこまで健康に影響してくることに驚きました。
もちろん健康のために生活習慣を改めることは大切です。しかし、住まいの環境を整えることで、様々な疾患を予防できる可能性が高いことも分かってきています。WHO(世界保健機関)も、“健康寿命”を規定する大きな要因の一つとして、平和に次いで「住居環境」を重視しています。暮らしの基本は家。休息を含めれば多くの人が一番長い時間を過ごす場所なので、その住まいの環境が健康に大きな影響を与えるのは当然とも言えますよね。
―確かに。では具体的に、住まいの環境のどのようなところが健康に影響するのでしょうか?
一番は「温度」。健康で長生きするためには、体を冷やさず、体温を高めに維持することが大切です。人間は寒い場所にいるとどんどん熱が奪われ、体温が低くなり、体の機能が低下します。つまり、寒い家に暮らしていると、そういう状況を引き起こしてしまう可能性があるということです。
―具体的にどのような症状が出てきますか?
私たちの全国調査により、肩こりや腰痛、疲れやすさや不眠、高めの血圧など、病気とまでは言えない体調不良の原因が、体の冷えである可能性が明確になりつつあります。
―あたたかい家で過ごし、体温を上げれば、その症状は改善できるかもしれないということですね?
その通りです。また家をあたたかくすると、脳血管障害や心疾患、アトピー性皮膚炎などの病気が減ることや、健康で長生きできることも分かってきています。糖尿病も、あたたかい家に暮らすことで改善できる病気のひとつなんですよ。糖尿病は血糖値が下がりにくくなる病気ですが、家があたたかければ体温が上がり、糖分の燃焼が活性化するので、血糖値は下がっていく、という理屈です。
■部屋の温度較差が招く、ヒートショックに注意!
「家」の寒さが健康への悪影響を与えることは分かったが、暖房を付けて室温を上げたリビングで過ごせば解決する問題なのかというと、そうとは言えない。例えばお風呂やトイレへの移動でさらされる部屋の「温度較差」の危険性についても、星先生は指摘する。
―病院や薬に頼り過ぎず、あたたかい家に暮らすことで健康になる方法があったんですね。
そうですね。それと「温度」に関連してもう一つ大切なことがあります。それは家の中の「温度較差」をなくすこと。
―リビングからお風呂やトイレに行くと「寒い寒い…」となるのは、家の中で温度較差があるからですよね?
そうです。「温度較差」は体感的に不快、というだけではなく、急激な血圧変動を引き起こし、体に大きな負担を与えます。実はお風呂やトイレに行った時の急な温度変化、いわゆるヒートショックにより、日本では年間おおよそ1万9000人が亡くなられています。
―そんなに多いんですね…。ではそのヒートショックはどういうメカニズムで起こるのでしょうか?
入浴時を例に挙げてみましょう。まずは約26度のリビングから、約8度の寒い廊下に出ます。寒さにより血管が縮み、血の流れが悪くなり、血圧が上昇します。そこから約10度の脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入り42度のお湯に浸かります。そうすると、縮んでいた血管が急に広がり、血圧が急降下。その急激な変化に体がついていけずにショック状態を引き起こし、心臓発作や脳梗塞が起こるのです。
―「室内気温を上げること」と「温度較差をなくすこと」。この2つが健康に長生きするために心掛ける住環境の基本となりますね。
冬の寒い日でも室温は18度以上にすること、家の中の温度はなるべく差がないようにすることが大切です。室温による健康障害についての研究が進んでいるイギリスでは、推奨温度は21度、許容温度は18度という指針を国が示して法制化までしています。それほど、室内温度が健康に影響を与えることが分かってきているということですね。
PPKを実現するためには、まずは健康を損なう家の「寒さ」と「温度較差」を解消すること!そのためには家全体の「断熱性能」を向上させることが不可欠となります。
―この記事をご覧になっている方にメッセージをお願いします。
豊かな人生への先行投資と考えて、住まい環境の改善を検討して欲しいと思います。暖かな住まいは、「快適さ」をもたらすだけではなく、光熱費も抑えられるし、病気になりにくいので医療費もかからない。長生きすればその分、年金もたくさんもらえますし(笑)、良いことづくめだと思いますよ。
今回「家」と「健康」の関係性について、実体験を交えながらインタビューにお答えいただいた星先生。本webサイト「住まいと健康リノベーション研究所」では、今後も先生にご協力いただき、「健康住宅」に精通する先生ならではの視点で、健康で長生きするコツについて掘り下げていく予定だ。